芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)とチラックの関係を考える

こんにちは、薬剤師きたくんです。
今回は、小林製薬さんから登場した「チラック」という市販薬をきっかけに、
もとになっている処方、芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)を掘り下げてみます。


■ 芎帰膠艾湯とは

芎帰膠艾湯は、出血しやすい体質を整える処方です。
月経が長引く、不正出血がある、貧血ぎみ、冷えやすい――
そんなタイプの方に用いられることが多い漢方です。

構成生薬は4つ。

  • 川芎(せんきゅう) … 血流を促し、滞りをとる活血薬
  • 当帰(とうき) … 血を補って体をあたためる補血薬
  • 阿膠(あきょう) … ロバの皮や骨から作られ、伝統的に止血・補血に使われてきた生薬
  • 艾葉(がいよう) … ヨモギの葉。血を温め、冷えからくる出血を整える

この4つが合わさることで、血を補い、巡らせ、あたため、止めるという流れが同時に整います。
芎帰膠艾湯は、出血している部分だけを見るのではなく、「血が足りない」「冷えている」という背景に働きかける薬です。


■ 阿膠(あきょう)とゼラチンの違い

今回のチラックでは、この阿膠が一般的なゼラチンに置き換えられています。
両者は見た目も性質も似ていますが、実際の薬理作用が同じとは限りません。

現代医学的な研究では、阿膠にもゼラチンにも明確な止血作用のエビデンスはほとんどありません。
違いがあるとすれば、阿膠は歴史的・伝統的に止血や補血の目的で使われてきたという経験の蓄積があること。
一方、ゼラチン自体は食品やカプセル素材としては安全ですが、止血目的で使われてきた背景はほぼありません。

したがって、「阿膠の方が効果的」というよりも、
伝統的に止血薬として位置づけられてきたのは阿膠の方であり、ゼラチンはその代用品としての位置づけ
という理解が適切です。

チラックでは、動物原料の制限やコスト、供給の安定性などを考慮してゼラチンを採用しており、
現代的なアレンジといえます。


■ 四物湯と下物湯との関係

芎帰膠艾湯は、古典的には「下物湯(しもつとう)」の変方といわれています。

四物湯は、当帰・川芎・芍薬・地黄の4つで構成される「血を補う基本処方」。
この4つは女性の血虚症状に幅広く用いられる、いわば“補血の基礎”です。

芎帰膠艾湯はこの四物湯に阿膠と艾葉を加えた形。
つまり、「補血」に「止血」をプラスした構造です。

血が足りないために粘膜が弱く、ちょっとした刺激で出血してしまう。
そんな体質に向けて、四物湯の補血作用をベースに止血要素を組み込んだのが芎帰膠艾湯です。


■ どんなときに使うか

臨床では、次のような場面でよく使われます。

  • 月経が長く続く、または量が多い
  • 不正出血がある
  • 出産・流産後に出血が止まりにくい
  • 痔の出血がなかなか治まらない
  • 顔色が白く、体が冷える
  • 貧血気味で疲れやすい

こうした人たちは、体力が中等度以下で、血のめぐりが悪く、体が冷えがちです。
熱による出血ではなく、冷えと血虚による出血がキーワードになります。

一方で、炎症や熱によって起こる真っ赤な出血、
鼻血、血尿などの熱性出血には向きません。


■ 芎帰膠艾湯の構造的な面白さ

芎帰膠艾湯の4つの生薬は、それぞれがバランスをとるように配置されています。

  • 川芎(活血)で滞りを解き、
  • 当帰(補血)で血を補い、
  • 阿膠(止血・補陰)で血を落ち着け、
  • 艾葉(温経)で冷えを除く。

これらが一方向に働かず、「流す」と「止める」を同時に成立させているのがこの処方の妙です。

特に当帰と川芎の組み合わせは四物湯にも共通し、
“血の質”を高める中心的ペア。
これに動物性生薬の阿膠と、植物性の艾葉が加わることで、
「冷えによる出血」を穏やかに整える設計になっています。


■ チラックという現代的アプローチ

小林製薬のチラックは、この芎帰膠艾湯をもとにしています。
ただ、阿膠をゼラチンで代用したことで、
「伝統的な止血方剤」としての位置づけよりも、
体力が中等度以下で冷えや出血傾向のある人向けの市販薬という位置に近くなりました。

臨床の漢方では、芎帰膠艾湯は医療用漢方製剤としても用いられますが、
チラックのようにゼラチンを使うことで、
一般の方にも使いやすく、入手しやすい形になっています。


■ 芎帰膠艾湯を使うときの注意

この処方は「血を補う」作用が中心なので、
ある程度食欲があり、胃腸が動いていることが前提です。

もし、食べる力そのものが落ちている場合は、
まずは「気」を補う処方(補中益気湯や六君子湯など)で体の土台を整える方が効果的です。

また、出血といっても、明るい色の血・勢いのある出血など「熱」が関係するタイプには向きません。
そうした場合は、清熱・涼血の方剤を検討する必要があります。


■ まとめ

  • 芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)は、冷えと血虚による出血に使う処方。
  • 構成:川芎・当帰・阿膠・艾葉。
  • 四物湯をベースに止血薬を加えた形。
  • 阿膠は伝統的に止血薬として使われてきたが、明確な科学的エビデンスは乏しい。
  • ゼラチンには止血の根拠はなく、チラックでは代替素材として用いられている。
  • 冷え性・貧血・月経トラブル・痔出血などに適応。

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芎帰膠艾湯は、出血を“止める”薬というより、
体の内側のバランスを取り戻して自然に出血が落ち着く方向へ導く処方
冷えて弱った血を養いながら、ゆっくり整えていく。
そんな穏やかな薬です。

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