補中益気湯に茯苓が含まれない理由


はじめに

補中益気湯は、中焦(脾胃)の気虚を補い、下垂した陽気(清陽)を升提する代表的な方剤です。一方、同じ補気剤である六君子湯や人参湯には、余分な水分を下方へ排出する「利水薬」として茯苓が配合される場合があります。本稿では「なぜ補中益気湯には茯苓が含まれないのか」を、中医理論とイメージ例を交えて解説します。


1.補中益気湯の方意(処方の目的)

  1. 中焦気虚の補強
    • 主証:脾胃気虚により清陽が上昇できず、臍下が垂れ下がる。症状例として倦怠感、食欲不振、慢性下痢、脱肛など。
    • 方意:人参・黄耆・白朮・甘草などで中焦をしっかり補気し、「中気」を回復させる。
  2. 清陽の升提
    • 升麻・柴胡を加え、下陥した清陽を持ち上げる。臓腑の挙上(升提)作用を担保し、気機の正常な昇降出入を取り戻す。
  3. 衛気の強壮
    • 黄耆には衛気(外邪から身体を守るバリア)の強化作用もあり、全身の抵抗力向上と合わせて「上に挙げる」働きを助ける。

→補中益気湯は、まず「風船の中の空気(清陽)をしっかり送って膨らませる」ことを最優先に設計されています。


2.茯苓の性質と利水作用

  1. 性味・帰経
    • 甘淡・平、帰経は心・脾・肺。
  2. 主な薬能
    • 利水滲湿:余剰な水分(湿邪)を下(尿など)へ導き出す。
    • 健脾和胃:脾胃機能を助けて、水湿による胃内停水や食欲不振を改善。
    • 安神:水滞や瘀血による気の上衝を下げ、精神不安や動悸を鎮める。
  3. ベクトル(方向性)の対比
    • 茯苓は「降・出」のベクトル(下方へ排出)が主体。一方、補中益気湯は「升(上昇)」のベクトルが主体。

→「清陽を上へ送り出す」作用と、「水湿を下へ出す」作用は、そのまま組み合わせると方向性が食い違い、升提力が相殺されてしまいます。


3.茯苓不配合のイメージ例

  1. 水風船
    • 胃腸あるいは人体を水風船に見立てる。
    • 人参=きれいな水を補充黄耆=風船の生地を頑丈に強化して張りを出す
    • 茯苓=汚れた水を抜く栓(バルブ)
  2. 補中益気湯証の場合
    • 風船は元から水(気)も少なく垂れ下がっている状態。
    • 栓(茯苓)を開ければ、ますます空気(気)も水分も抜けてしまう。
    • まずは「強力ポンプ(黄耆・人参)でたっぷり補給し、生地を引き締めて風船を張らせる」ことが最優先。
  3. 六君子湯・人参湯との比較
    • 六君子湯:気虚に加え水湿停滞が主体。補気と同時に汚水(湿邪)を抜いてきれいな水に入れ替える必要があるため、茯苓+白朮を配合。さらに陳皮が理気、半夏が化痰を助ける。
    • 人参湯:冷えが主訴で、下痢によって水は自然排出されやすい。温補を重視し、茯苓を加えず「まずは気を温めて吸収力を高める」方意に専念。

4.方意と薬効ベクトルの整合性

方剤名主訴ベクトル茯苓配合理由
補中益気湯中焦気虚・清陽不昇升(上昇)×升提特化。栓を緩めると上昇力を阻害するため
六君子湯気虚+顕著な水湿停滞補気+降出(利水)停滞水分は抜き、きれいな水に入れ替える必要あり
人参湯冷えによる脾胃気虚補気・温補×水は下痢等で自然排出。温めて吸収力を高めることが最優先

5.臨床的な使い分けポイント

  1. 中焦気虚・下垂が主訴 → 補中益気湯
  2. 気虚+水湿停滞 → 六君子湯、参苓白朮散など利水薬を含む方剤
  3. 冷え主体の脾胃虚弱 → 人参湯など温補専念方剤

患者の証を正確に見極め、方意に合致した薬組み合わせを選ぶことが重要です。


まとめ

補中益気湯に茯苓が含まれない最大の理由は、「方意」と「薬効ベクトル」の整合性にあります。

  • 補中益気湯は「清陽をしっかり上へ押し上げる」ことに全集中した方剤。
  • 茯苓は「余分な水分を下へ排出する」利水薬であり、上昇作用を相殺してしまう可能性がある。
  • 六君子湯や参苓白朮散は、気虚に水湿停滞が顕著なときに「補脾+利水」ベクトルで設計されているため、茯苓を含有します。

このように、同じ「補気」を目的としながらも、風船モデルやポンプ・バルブのたとえを用いることで、茯苓の有無が処方の使い分けにいかに重要かが理解しやすくなります。具体的な臨床場面では、患者の証を見極め、「まず何を優先すべきか」を基軸に方剤選択を行いましょう。

参考文献

根本幸夫(編著)、大石雅子・西島啓晃(編集主幹).
『漢方294処方 生薬解説 第2版―その基礎から運用まで―』.
株式会社じほう, 2021年12月.

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