和解剤
芍薬甘草湯
しゃくやくかんぞうとう
肝の陰血を補い肝気を柔和に
頓服し鎮痙するほか、他薬と広く併用
芍薬甘草湯は、芍薬と甘草の 2味からなる。一般に急迫性の筋肉
の攣急に(れんきゅう)に頓服で用いられるが、肝陰虚証を治す基本処方として他剤と併用されることが多く、応用範囲が広い。
どんな人に効きますか
芍薬甘草湯は「肝陰虚、肝気乗脾」証を治療する基本処方である。
本方を理解するには、肝(かん)の理解が鍵となる。肝は五臓の1つで、五行2の木(もく)に当たる。木の枝々のように体内に広がり、精神情緒や各種内臓機能、血流量調節など、全身の生理機能が円滑に働くよう調節する機能(疏泄[そせつ])が肝である。
より具体的に記すと、肝は「疏泄をつかさどる」臓腑として、体の諸機能を調節し、情緒を安定させる。体全体のコントロールルームのような所である。また、「血を蔵す」機能もあり、血を貯蔵し(肝血)、循環させる。女性の生殖機能との関連も深い。さらに肝には「筋(きん)をつかさどる」機能もあり、筋肉の収縮や弛緩といった運動の制御もする。また、肝は「目に開3)(かいきょう)する」というように、日との関係も深い。肝に貯蔵される気や血は、肝気、肝血と呼ばれる。さらに気の温
4)(おんく)作用に主体を置いたものを肝陽、血のみならず津液も
含めた滋潤作用を肝陰と称する。肝血・肝陰は、滋潤作用により肝
気・肝陽の疏泄作用の基礎となり、さらに肝気・肝陽の機能亢進(昇
動)を抑制する。逆に、肝気・肝陽は、疏泄作用により肝血・肝陰の
滋潤作用を発揮させる。肝気・肝陽は昇動しやすく、肝血・肝陰は不足しやすい。そして肝陰が不足している証が「肝陰虚」である。肝陰が不足すると筋脈が滋養されず、筋肉の引きつりや痙攣が生じる。手足がしびれる場合もある。電解質の不足などで、こむら返り(腓腹筋
痙攣)などが生じやすい状況に近い。
「肝気乗脾」証は、もともと脾(消化吸収機能)が弱い体質(脾
虚証)に肝気が乗じて横逆し、脾気が阻滞し、その運化機能が失調し
ている状態である。「脾虚肝乗」証とも呼ぶ。脾虚であるために肝へ
の陰血の供給不足で肝陰虚となり、肝気が昇動して脾に横する。腹痛や腹部膨満感、泥状便がみられる。
本方は突発性の痙攣への有効性が高く、単独での頓服が多い。しかし中医学では、肝陰虚を治療する基本処方として、他の処方との併用が多い。
既に芍薬甘草湯が組み込まれている処方も多々ある。例えば、小建
中湯、黄耆建中湯、当帰建中湯、桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯、
四逆散などである。これらの処方が適合する証は、すべて腹直筋が痙攣はしないまでも硬く緊張しており、腹痛を訴える場合が多い。小柴
胡湯や柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう) には芍薬
が含まれないが、大柴湯には配合されているのも、肝陰虚による腹直筋の緊張がみられるかに関係する。
本方を頓服で用いるのは、急迫性の激しい攣急と疼痛が起こった時である。四肢の筋肉の引きつりや、腹直筋など腹部、背中、腰などの筋肉(骨格筋)の痙攣痛に限らず、胃腸や胆嚢、腎臓、尿管、気管支など裏(体内)の筋肉(平滑筋)の急迫性疼痛にも有効である。疼痛の多くは局所的で、局所の筋肉が硬く収縮し、痙攣を起こしている状態である。特に、しい運動や慣れない運動で発汗過多となり、四肢
の筋肉の陰虚が進んで生じる攣急や修痛に頓用される。
婦人科領域においても多用される。子宮の緊張や卵の通過障害など平滑筋の緊張や収縮が関与していると考えられる証に対し、主となる処方に芍薬甘草湯を合わせ、治療効果を高める。臨床応用範囲は、肝陰虚、肝気乗脾証の症候を呈する疾患で、腓腹筋痙攣、胃痙攣など消化管の痙攣、胆石の疼痛、腸閉塞、尿路結石の疼痛、坐骨神経痛、腰痛、ぎっくり腰、肩凝り、肩関節周囲炎(五十肩)、寝違え、気管支喘息、月経困難症、排卵痛、月経前症候群(PMS)、更年期障害、排尿痛、射精などである。
本方は単味で痙攣や痙攣性の疼痛を即効的に抑制するが、あくまでも対症療法である。繰り返し生じる痙攣や疼痛の根本的な治療のためには、患者の証に合わせた処方が必要となる。
どんな処方ですか
配合生薬は、芍薬、甘草の2味である。若葉の芍薬は、白5)
(びゃくしゃく)を使う。白時は、血を補い人体を滋養する(補血養血)。とりわけ肝の陰血(肝血・肝陰)の不足を補充することにより
(養肝陰)、肝気・肝陽の昇動を鎮静して柔和にし、硫泄を正常に行わ
せ、気血の流れを調整する(柔肝)[じゅうかん])。これにより筋肉(平滑筋と骨格筋の両方)の緊張や拘攣(こうれん、痙攣のこと)を
鎮め(解)、鎮痛に働く(緩急止痛)。特に肝気乗脾、肝脾不和、肝
胃不和など、肝気の停滞(肝気鬱結)と関連して生じた腹痛に有効である。さらに陰液を養って営気を引き締め収斂(しゅうれん)し(益
陰斂営[えきいんれんえい])、陰液を守る。血流の渋滞を解消して血行を盛んにする作用もある(活血)。中枢性の鎮静作用や止血作用もある。
臣薬の甘草は、炙甘草2)(しゃかんぞう)を用いる。脾胃の機能を
高め(補)、気を補う(益気和中)。気を補うことで血も生じ、肝血
の生成を補助する。気血を調和して攣急や痙攣を緩解し、白芍同様に
緩急止する。益気作用は心(しん)の陽気を補う力が強い。諸薬の薬性を調和し、毒性を緩和する。
白村と炙甘草は、中枢では抑制的に働いて鎮座するが、筋肉に対してはそれぞれ興奮的、抑制的に作用する。これら作用の異なる生薬の併用により、鎮痙、鎮痛作用が相乗的に強まる。
以上、芍薬甘草湯の効能を「柔肝、解座止痛」という。酸味の白
と甘味の甘草の配合は陰血の生成に効果的である(酸甘化陰)。
腎臓結石の場合、猪茶湯を併せ飲む。腹痛に対し安中散との併用もよい。出典は、『傷寒論」である。
こんな患者さんに数力月前に五十肩になりました。
左腕を上げようとすると、肩に激痛が走ります。
本方の服用を始めたところ、2週間で楽になってきた。1カ月半後には、電車のつり革に左手でつかまることができるほどになった。本方の服用をやめると痛みが発するので、その後も服用し続け、4カ月後に完治した。
よく下痢をします。以前から疲れやすく、食欲がありません。
ちょっとしたストレスや緊張、不安ですぐ下をする。便は泥状。
肝気乗証とみて本方を使用。2カ月後くらいから、あまり下痢をしなくなってきた。遙散や四君子湯を併用し、体力的にも丈夫になった。
用語解説
1) 足がつるなど、筋肉が引きつり痙攣し、屈伸が困難になる状態。
2) 五行とは、万物を木・火・土・金・水の5つの要素に分類し、個々の性質や相互の関係で世界を捉える哲理である。五行は互いに促進し合い(相生)、また抑制し合うことにより(相克)、安定や均衡が保たれる。中医学では、五行の考え方を人の生理や病理に適用し、五臓という機能のバランスを捉える。
3) 五臓の機能が反映されやすい器官のこと。目のことを肝(かんきょう)とも呼ぶ。
4) 気の機能のうち、エネルギー代謝により体を温めて体温を維持する作
用。
5) シャクヤクの根の外皮を付けたまま乾燥したものを赤(せきしゃく)、外皮を除いて乾燥したものを白という。野生種を赤芍という
場合もある。赤芍は、血分の余分な熱(鬱熱)を冷まし(清熱涼血)、
活血祛瘀する働きが強い。
6) 滋陰性の生薬で肝陽の充進を平定する治法を、平肝(へいかん)とも呼ぶ。
7) ウラルカンゾウなどの根および根茎を乾燥したものを生甘草(しょう
かんぞう)、炙ったものを炙甘草という。生甘草は、清熱解毒(抗炎症)作用が強く、脾胃の機能を調え、気を補い、諸薬の薬性を調和す
る。補気作用は炙甘草の方が強い。甘草の過量服用による副作用(浮腫や血圧上昇を伴うアルドステロン症など)には注意を要する。