―漢方的鑑別・現代薬の副作用・OTC 胃腸薬の選択ガイド―
1. 背景と総論
糖尿病(消渇)は 脾胃の運化失調 をきっかけに 「食べてもエネルギーが回らない」「胃がちゃぷちゃぷして気持ち悪い」といった“胃内停水”様の訴えが目立つことがあります。西洋医学的には GLP-1 受容体作動薬や α-GI など、血糖降下薬そのものが胃内容排出を遅延させたり腸内発酵を増やしたりして同様の症状を誘発する点も押さえておく必要があります。
2. 漢方で考える代表的な3証
パターン | 病態イメージ | 典型症状 | 推奨方剤の例 | ワンポイント |
---|---|---|---|---|
脾胃気虚+痰飲 | エネルギー抽出力が弱く、飲食物が水分ごと残る | 胃内振水音・軽い悪心・食後倦怠 | 小半夏加茯苓湯(半夏・茯苓・生姜) | 補気薬を増やすなら六君子湯にステップアップ |
脾気虚+気滞(肝胃不和) | ストレスで気が横逆し水も停留 | 膨満感・げっぷ・みぞおちの張り | 香砂六君子湯、半夏厚朴湯 | α-GI で悪化しやすい |
胃陰虚+虚熱 | GLP-1 長期使用などで食思減少+乾燥 | 早期膨満・口渇・胃灼熱感 | 竹茹温胆湯、麦門冬湯 | 実際には痰飲証と混在しやすい |
小半夏加茯苓湯は「胃内停水音と悪心を主訴とする最小構成処方」であり J-Stage の症例報告でも嘔気・胃内停水が速やかに軽快したとされています。J-STAGE
3. 血糖降下薬ごとの胃腸関連副作用と特徴
薬剤群 | 主な GI 副作用 | 機序・特徴/備考 | 参考 |
---|---|---|---|
GLP-1 受容体作動薬 (セマグルチド=リベルサス®/オゼンピック®等) | 悪心・早期膨満・薬剤性胃不全(GP) | 胃排出遅延が本態。症例報告では投与後に顕著な胃無力症を発症 PMC | |
DPP-4 阻害薬 | 軽度の食欲低下・腹部不快程度 | GLP-1 内因性増強は緩やかで症状は少ない | |
α-グルコシダーゼ阻害薬 (アカルボース/ボグリボース) | 鼓腸・腹部膨満・放屁 | 未消化糖の腸内発酵。PMDA 添付文書も「腸閉塞様症状に注意」と記載 PMDA | |
ビグアナイド(メトホルミン) | 下痢・悪心・腹痛 | 小腸 5-HT3 刺激など多因子。最新メタ解析で GI AE が依然最多 BioMed Central | |
SGLT2 阻害薬 | 頻尿・口渇・体重減 | 浸透圧利尿による脱水傾向が胃部不快を助長 PMC |
チェックポイント
- 最近 1 剤追加で症状発現 ⇒ 経口 GLP-1(リベルサス®)を疑う。服薬手順(空腹時・120 mL 以下の水で、他薬は 30 分後)を守れていないケースもしばしば novonordisk.co.jp。
- α-GI 服用中に ジアスターゼ配合の総合胃腸薬をのむと拮抗して血糖コントロールが悪化する可能性がある。KEGG 添付文書でも両剤併用注意。KEGG
4. 糖尿病患者が市販で選びやすい胃腸薬の実際
カテゴリ | 具体例 | 選択時の留意点 |
---|---|---|
漢方 OTC | 小半夏加茯苓湯エキス顆粒,六君子湯エキス顆粒 | シロップ剤は砂糖量が多いため 顆粒 or 錠剤 を選択。甘草量は少なく、血圧上昇リスクは限定的。 |
制酸・健胃薬 | H2 ブロッカー錠(ファモチジン)OTC,スクラルファート細粒 | 多くは無糖製剤。逆流症状が主体なら併用検討。 ※PPI は OTC なし。 |
消化酵素製剤 | 消化薬(ジアスターゼ・リパーゼ配合) | α-GI 併用患者には避ける(作用相殺)KEGG |
緩下剤 | 酸化マグネシウム錠,センノシド錠 | 便秘主体の GLP-1 服用者に。ただし SU 薬併用の低血糖時は追加炭水化物摂取が必要。 |
糖分を含むシロップ | キャベジンコーワ液など | 付加糖 5–10 g/包 程度。頻回使用は血糖上昇の一因となり得る。 |
5. 服薬タイミングと相互作用管理
- GLP-1 作動薬+ビスホスホネート:GLP-1 による胃停滞でアレンドロン酸吸収が不安定。ビスホスホネートは規定通り「起床後すぐ、GLP-1 後 30 分以上空けて 250 mL 水で」。
- SGLT2 阻害薬+利尿薬+下剤:脱水→胃粘膜血流低下→悪心増悪。整腸薬を使う前に水分量を確認。
- SU/グリニド 併用時の低血糖対策:α-GI を服用している場合は砂糖ではなく ブドウ糖 を携帯するよう指導(リベルサス® 患者パンフにも明記)novonordisk.co.jp。
6. 症状別・実践フローチャート
- 胃部にちゃぷちゃぷ音+悪心
→ 服薬歴に GLP-1 / α-GI があればまず副作用評価。
→ 証が「脾胃気虚+痰飲」なら小半夏加茯苓湯を第一選択。 - 膨満感・げっぷ中心
→ α-GI 使用例多し。香砂六君子湯+整腸剤(炭酸水素ナトリウム除く)を検討。 - 便秘が前景
→ GLP-1 作動薬由来なら酸化 Mg、食物繊維増量。漢方なら大黄甘草湯よりまず麻子仁丸系を少量。 - 頻尿・口渇+胃もたれ
→ SGLT2 脱水あり。まず水分補給と服薬時間調整。
7. まとめ
- 糖尿病患者の「胃に水が溜まる感じ」は 薬剤性+脾胃機能低下+痰飲 が複合しやすい。
- 小半夏加茯苓湯・六君子湯は安全域が広く、無糖顆粒なら血糖影響が軽微。
- GLP-1(特に経口セマグルチド)は胃停滞を強めるため服薬手順を徹底すると同時に、他剤の吸収遅延にも注意する。
- α-GI+消化酵素製剤(ジアスターゼ)は“市販薬落とし穴”の典型。
- OTC を提案する際は 糖質量・消化酵素・甘草量を確認し、「薬局で必ず薬剤師相談」をルール化すると安全。
参考文献
- Semaglutide-induced gastroparesis case report, Cureus, 2024 PMC
- Pharmaceuticals and Medical Devices Safety Information No. 288, PMDA (acarbose) PMDA
- BMC Endocr Disord 2024 Metformin GI adverse-event meta-analysis BioMed Central
- SGLT2 inhibitor nocturia review, PMC 2025 PMC
- Rikkunshito functional dyspepsia evidence, Folia Pharmacol Jpn 2011 J-STAGE
- 小半夏加茯苓湯 症例報告, Kampo Med 2019 J-STAGE
- α-GI とジアスターゼの相互作用, KEGG JP (アカルボース添付文書) KEGG
- リベルサス® 患者向け服用指導 PDF 2022 novonordisk.co.jp